ケータイ辞書JLogosロゴ 金曲村(近世)


福島県>猪苗代町

江戸期〜明治8年の村名会津地方東部,長瀬川下流東岸に位置する耶麻【やま】郡のうち古くは更級荘に属したという会津藩領川東組に属す村高は,文禄3年の蒲生高目録では猪苗代郡に属し1,072石余,享保3年1,232石余(小林家文書),文化15年の村日記(県史10下)では1,232石余,「天保郷帳」1,146石余,「旧高旧領」金曲西分573石余・金曲東分579石余享保3年の家数115軒・人数486,馬78,文化3年の家数67軒・人数289,馬52(小林家文書)化政期の家数75軒(新編会津)二本松裏街道上の要路があり,長瀬川対岸の小平潟村との間に船渡場が設けられていた米倉と社倉があった寛延2年の会津の農民一揆の発生地である肝煎は野矢家の世襲で小檜山家もこれをつとめた地内の北部には,岡部山城又六郎某の住したという館跡があり(新編会津),異本長帳の明応元年条には,猪苗代氏の家臣として金曲伊賀の名が見える鎮守は金鋳神社慶長4年の産物は藍菜(猪苗代郷土誌稿)寺院は新義真言宗豊山派宝性寺境内の大日堂は猪苗代三十三観音第13番の札所であり,馬頭観音が合祀されているまたおんばさまをまつる堂もあり,麓山信仰のおこもりや火剣の民俗行事も古くから行われていた明治元年10月の村役人排斥の一揆で休役となった旧肝煎は,12月に帰役願を民政役所へ提出した(小林家文書)明治8年夷田新田村と合併して金田村となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7266748
最終更新日:2009-03-01




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