ケータイ辞書JLogosロゴ 上川崎村(近世)


福島県>安達町

 江戸期〜明治22年の村名。安達郡のうち。はじめ会津領,寛永20年からは二本松藩領。渋川組に属す。村高は,宝暦10年の高辻帳で1,909石余,「天保郷帳」1,968石余,「旧高旧領」1,969石余。延享3年の御巡見録によれば家数276軒。文政11年の大積覚書帳によれば,畑作物の割合は桑・コウゾが3割,大豆・小豆・油荏が4割5分,ダイコン・ソバが2割5分となっており,そのほか農間余業として紙漉があげられている。当地を中心として和紙の生産が盛んで,大奉書・中折小料紙・角紙・還魂【すきかえし】紙などの諸紙の生産があげられている(相生集)が,その生産は紙漉札によって統制され,紙・紙子・紙張の商売も領内のみに制限されていた(二本松藩享和御条目覚)。また藩は万延元年に江戸城修築用として封内産の大奉書紙1万束を献じている(長国公記)。神社は稲荷神社・八幡神社など,寺院は天台宗正福寺。旧福島県を経て明治9年福島県に所属。同20年の戸数239・人口1,714。明治12年安達郡に属し,同22年上川崎村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7266868
最終更新日:2009-03-01




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