ケータイ辞書JLogosロゴ 上窪村(近世)


福島県>塩川町

江戸期〜明治8年の村名上久保村とも書く会津地方中部,大塩川下流東岸に位置する耶麻【やま】郡のうち会津藩領塩川組に属す村高は,文禄3年の蒲生高目録で376石余,文化15年の村日記(県史10下)では481石余,「天保郷帳」476石余,「旧高旧領」496石余化政期の家数13軒,端村中窪16軒(新編会津)神社は稲荷神社寺院は花宝山観音寺,同寺ははじめ曹洞宗であったが,元和年間亮円という僧が住んでから天台宗となったという北部に,いつの時代か宇都美丹波が住んだという丹波館と称する館跡がある北部の畑の中には丹波の墓と伝える古塚がある(新編会津)明治8年下窪村と合併して窪村となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7266876
最終更新日:2009-03-01




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