ケータイ辞書JLogosロゴ 亀谷町(近世)


福島県>二本松市

 江戸期〜明治9年の町名。安達【あだち】郡のうち。はじめ会津領,寛永20年からは二本松藩領。二本松城下6か町の1つ。城下の南東部。正保元年〜明暦元年に行われた城下町割により成立。寛永20年藩主丹羽光重の移封に従い日蓮宗蓮華寺を当町に移し,慶安3年には天台宗鏡石寺を当町中央に移した。寛文7年3代将軍の霊牌を鏡石寺に安置したが,これは旧城主畠山義継に父輝宗を殺された伊達公が参勤交代の途次城下通過の際に鉄砲組の筒先を城に向けるのを阻む策であったとされる(相生集・二本松寺院物語)。検地は宝永2年。村高は,宝暦10年の高辻帳で164石余,「天保郷帳」332石余,「旧高旧領」242石余。天明年間の家数173軒・人数617,駅馬18(一閑翁記)。寛政3年の人数657(二本松藩月番留書)。天保11年の家数176軒(六町屋舗間口家主名面帳)。町内を奥州街道が通った。江戸期を通じしばしば大火にあったが,寛文6年には本町から出火した火災により当町などの商家128軒・兵粮蔵4棟が類焼,元禄13年にも町家61軒が類焼した(光重年譜・長之年譜)。特産に燧鉄・菓子がある(相生集)。旧福島県を経て明治9年福島県に所属。同年一部は塩沢村・油井村に合併,一部は上成田村ほか5町2か村の各一部と合併して成田村となり,残部は若宮町ほか4町4か村の各一部および郭内の一部と合併して二本松町となる。明治9年からは亀谷となり,昭和33年までの二本松町の字名。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7267028
最終更新日:2009-03-01




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