ケータイ辞書JLogosロゴ 借宿村(近世)


福島県>白河市

 江戸期〜明治22年の村名。白河郡のうち。はじめ会津領,寛政4年からは白河藩領。検地は慶安3年。村高は,文禄3年の蒲生高目録では463石余,古領高長では658石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに668石余。化政期の家数53軒。当村と板橋・田島・船田・双石【くらべいし】の各村を合わせて古くから五箇村と称され,土地が肥え,味のよい米穀を多く産したといわれている(白河風土記)。南部に磐城街道が東西にのびている。助郷は奥州街道の白河町・白坂宿に出役。鎮守は羽黒権現社。寺院は真言宗観音寺。化政期の庄屋斎藤猶右衛門家は古い家柄で,元和2年の免状を有する。館跡を残す石井丹波は文明13年の鹿島神社一万向興行連中の一人であったという(白河風土記など)。旧福島県を経て明治9年福島県に所属。同10年細倉村を合併。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7267047
最終更新日:2009-03-01




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