ケータイ辞書JLogosロゴ 北須釜村(近世)


福島県>玉川村

 江戸期〜明治22年の村名。石川郡のうち。はじめ会津領,寛永4年からは白河藩領。村高は,文禄3年の蒲生高目録では617石余,古領高長および「天保郷帳」「旧高旧領」では1,003石余。慶安3年に村を東組と西組に分けたが,安永9年もとにもどした。化政期の家数106軒(白河風土記)。秣場は2か所あった。鎮守は菅原大明神社で須釜明神ともいう。寺院は寛政年間の創建という真言宗東光寺,菅原大明神社の別当を勤める修験大宝院。物産は煙草・雲母・水晶(白河風土記)。磐前【いわさき】県を経て明治9年福島県に所属。同20年の戸数128・人口616。明治12年石川郡に属し,同22年須釜村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7267182
最終更新日:2009-03-01




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