ケータイ辞書JLogosロゴ 久来石村(近世)


福島県>鏡石町

 江戸期〜明治22年の村名。岩瀬郡のうち。古くは児渡荘広戸郷に属したという。はじめ会津領,寛永20年からは白河藩領。村高は,文禄3年の蒲生高目録では久来寺・小栗山と見え,計617石余,古領高長では907石余,「天保郷帳」952石余。「白河風土記」に「往古ハ小栗山ノ辺ニ民家有シガ慶長年間此地へ移ツテ奥羽街道ノ駅トナル」とあり,宿駅制度の整備のために新設された村落で,伝馬役を笠石宿と交替で負担した。「年代記」(橋本家文書)によれば天保3年12月,積雪7尺余,運送の馬が通らず,1駄につき人夫3,4人が背負って継立を行った。また天保7年には大飢饉があり,米価は金1分につき米6升に暴騰したという。化政期の家数60軒(白河風土記)。鎮守は近津(千勝)大明神・高月大明神。寺院は天台宗高福寺,ほかに仙道三十三番札所小栗山観音堂。旧福島県を経て明治9年福島県に所属。同20年の戸数74・人口396。明治12年岩瀬郡に属し,同22年鏡石村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7267274
最終更新日:2009-03-01




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