ケータイ辞書JLogosロゴ 椚山村(近世)


福島県>大玉村

 江戸期〜明治22年の村名。安達【あだち】郡のうち。はじめ会津領,寛永20年からは二本松藩領。玉井組に属す。検地は元禄11年。村高は,宝暦10年の高辻帳では800石,「天保郷帳」1,518石余,「旧高旧領」1,810石余。元禄11年の家数113軒・人数619(添田文書)。享保21年の玉井組明細書上では家数132軒。文久2年の玉井組人別惣寄帳では家数97軒・人数536,馬77。文政11年の大積覚書帳によれば畑作物の割合は大豆・小豆が6割,桑が6分,その他ダイコン・ソバなど。嘉永6年名主の不正を指摘して役宅に押し入った椚山村名主宅押入騒動には前後100名の百姓が参加,首謀者の百姓直右衛門と彦次郎は永牢に処せられている(添田文書/大玉村史)。名産に松茸がある(相生集)。寺院は天台宗山王寺・長慶寺。天保8年添田喜楽が寺子屋を開校(県教育史5)。旧福島県を経て明治9年福島県に所属。同20年の戸数110・人口700。明治12年安達郡に属し,同22年大山村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7267312
最終更新日:2009-03-01




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