ケータイ辞書JLogosロゴ 桑折宿(近世)


福島県>桑折町

江戸期の奥州街道(別称仙台松前道)の宿駅桑折村のうち奥州街道から羽州街道が分かれる分岐点に当たるさらに享保8年の半田銀山の発見後は,銀の運輸および人夫等の遊行地としていちだんとにぎわった明和9年の村指出帳によれば,村高2,015石余,家数357軒・人数1,645,宿は3町で構成され,検断問屋3人・年寄1人・本陣1軒と陣屋・牢屋があった近くに阿武隈川渡船場があり,幕府領の置米郷蔵や9か村の郷倉がある(安藤文書)近世後期の問屋3軒(早田家文書)寛永19年の定によると,上りは瀬上宿へ1里13町50間で本馬35文,下りは藤田宿へ1里7町20間で本馬24文であった(上杉文書)桑折宿詰助郷は享保10年に幕府領20か村と桑折藩領20か村があてられ,勤高は4万441石余であったが,領域の変化により寛保2年には白川藩領10か村・幕府領10か村・勤高4万417石余に改編された(八巻家文書・庄司氏所蔵文書)明和9年の宿役屋人馬は45軒に定められ,大名通行時には梁川藩領・白川藩領の村々から助郷人馬が徴収された(安藤文書)宿内の飯盛女から1人前1か月300文・1か年金17両ほどの冥加金を徴収して,宿財政に当てていた(信達両郡案内記)
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7267487
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ