ケータイ辞書JLogosロゴ 郡山村(近世)


福島県>河東町

 江戸期〜明治22年の村名。河沼郡のうち。会津藩領。代田組に属す。村高は,文禄3年の蒲生高目録では1,222石余,文化15年の村日記(県史10下)では1,228石余,「天保郷帳」1,223石余,「旧高旧領」900石余。もと内条郡山・中条郡山・南郡山の3か村であったが,慶安2年に1村となったという。大村であったため,南郡山・北郡山に分けて,2人の肝煎を置いた。化政期の家数34軒(新編会津)。寺院は新義真言宗長栄寺があり,鎮守は磐椅【いわはし】神社。明治8年郡山新村・新屋敷新田【しんやしきしんでん】村・金道分【こんどうぶん】を合併。若松県を経て明治9年福島県に所属。戸数・人口は明治4年30・163(若松県人員録)。同20年66・458。明治12年河沼郡に属し,同22年堂島村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7267489
最終更新日:2009-03-01




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