ケータイ辞書JLogosロゴ 小布瀬原村(近世)


福島県>山都町

江戸期〜明治8年の村名小伏原(蒲生高目録)・小布施原(文化十五年村日記/県史10下)とも書いた会津地方北部,阿賀川北岸に位置する耶麻【やま】郡のうち会津藩領木曽組に属す村高は,文禄3年の蒲生高目録では114石余,文化15年の村日記(県史10下)では460石余,「天保郷帳」459石余,「旧高旧領」495石余端村に小布瀬川がある化政期の家数は本村26軒・小布瀬川6軒(新編会津)なお,「新編会津」には洲谷沢村の項にも小名に小布瀬川が見えるが,両者の関係は不詳村内に上谷地堤・いもり沢堤など6か所の溜池があった神社は稲荷神社,寺院は曹洞宗八幡山長松寺村内を東西に会津北方【きたかた】地方から越後方面へ通じる裏街道が走り,村の西部の慶徳村との境に,北条時頼(最明寺殿)が当地を訪れた際に名づけたと伝える最明寺峠がある(新編会津)村の南部には元亀・天正年間頃に渡部忠兵衛直忠が住んだと伝える館跡と,中崎城と称し中崎善六郎某が住んだと伝える館跡がある(同前)明治8年船岡村・寺内村と合併して小舟寺村となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7267590
最終更新日:2009-03-01




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