ケータイ辞書JLogosロゴ 西勝村(近世)


福島県>会津高田町

江戸期〜明治8年の村名会津地方中部,宮川中流東岸に位置する大沼郡のうち会津藩領高田組上に属す村高は,文禄3年の蒲生高目録では714石余,寛文5年の高田組万改帳(会津風土記風俗帳1)では715石余,文化15年の村日記(県史10下)では778石余,「天保郷帳」778石余,「旧高旧領」780石余月ごとに六斎の市が立ち西河市【さいかち】と称したという家数は寛文5年66軒(高田組万改帳),化政期47軒(新編会津)当村には高田組の米を納める米倉が設置された当村内を金山谷道路が通り,同道は寛永3年頃に拡張され,中央に堀が設けられたこの用水を利用して和紙製造が始められ,最盛期には和紙製造を生業とするものが約40戸におよび,紙は西勝紙と呼ばれ,厚くて虫のつかないのが特色であった神社は熊野宮寺院は元和2年僧宗善が村北に建立した真宗本願寺派正覚寺,天台宗安楽寺また文禄3年に僧道清が開いた光福寺は,文化の頃にはすでに廃寺となる(新編会津)明治4年の戸数52・人口270(若松県人員録)同8年竹原村と合併して勝原村となる
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7267655
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ