ケータイ辞書JLogosロゴ 界村(近世)


福島県>南郷村

 江戸期〜明治22年の村名。会津郡のうち。古くは伊北郷に属した。はじめ会津領,寛永20年からは南山御蔵入領。和泉田組に属す。村高は,文禄3年の蒲生高目録では堺と見え251石余,文化15年の村日記(県史10下)および「天保郷帳」「旧高旧領」では327石余。小名に宇和田,端村に虻宮【あぶのみや】がある。天明8年の家数46軒,うち明家7軒,人数212(御案内手鑑/馬場家文書),化政期の家数は本村36軒・宇和田3軒・虻宮17軒(新編会津)。天保9年の人数310(御手鑑/長谷部家文書)。東部の鳥井峠は野尻組の諸村を経て博士峠を越え会津盆地に至る。端村虻宮には天養年間の勧請と伝える和泉田組の総鎮守鹿島神社がある。享保年間の南山御蔵入騒動の中心人物斎藤兵左衛門は当村の出身で関係文書が残存している。戸数・人口は明治8年55・323(若松県地誌資料),同20年54・383。若松県を経て明治9年福島県に所属。明治12年南会津郡に属し,同22年富田村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7267669
最終更新日:2009-03-01




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