ケータイ辞書JLogosロゴ 下川崎村(近世)


福島県>安達町

 江戸期〜明治22年の村名。安達【あだち】郡のうち。はじめ会津領,寛永4年三春藩領,同5年幕府領,同20年からは二本松藩領。渋川組に属す。村高は,文禄3年の蒲生高目録では二本松郡に属し1,555石余,宝暦10年の高辻帳でも1,555石余,「天保郷帳」1,796石余,「旧高旧領」1,797石余。延享3年の御巡見使御案内では家数297軒(福島市史8)。当村の農民たちは寛延2年の一揆積達騒動に加わった(夢物語/県史10上)。享保元年の領内人数総高調では本田高1,555石余・新田高259石余,名主2。文政11年の大積覚書帳によれば,畑作物の割合は桑・楮が4割,大豆・小豆が4割,大根・ソバが2割で,農間余業は紙漉。嘉永5年の名主歴代簿によると,問屋から名主となった服部羽右衛門は享保4年以来7代目,百姓から名主となった野地民治は3代目であった。神社は三島神社・稲荷神社・熊野神社など。寺院は曹洞宗高国寺。旧福島県を経て明治9年福島県に所属。同20年の戸数221・人口1,521。明治12年安達郡に属し,同22年下川崎村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7267973
最終更新日:2009-03-01




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