ケータイ辞書JLogosロゴ 下成田村(近世)


福島県>二本松市

江戸期〜明治9年の村名「しもなりだ」ともいう(相生集)阿武隈【あぶくま】川の西岸に位置する安達【あだち】郡のうちはじめ会津領,寛永20年からは二本松藩領杉田組に属す二本松城下に隣接する検地は宝永2年村高は,宝暦10年の高辻帳で783石余,「天保郷帳」1,198石余,「旧高旧領」568石余宝永年間頃の家数37軒・人数258(高辻成ケ帳)享保年間の家数47軒(積達大概録)文政11年の大積覚書帳によれば,畑作物の割合は桑が2割5分,大豆・小豆・油荏が5割5分,ほかはダイコン・ソバなどで,農間余業としては野菜栽培・問屋場雇人足など寛文2年藩主丹羽氏の菩提寺曹洞宗大隣寺を松渓山から村内の向原に移し,さらに延宝3年滝沢に移築した(光重年譜)慶応4年戊辰戦争二本松城下戦の戦場となった明治9年一部は油井村に合併,一部は若宮町ほか5町3か村の各一部および郭内の一部と合併して二本松町となり,残部は上成田村ほか6町1か村の各一部と合併して成田村となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7268063
最終更新日:2009-03-01




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