ケータイ辞書JLogosロゴ 白土(中世)


福島県>いわき市

南北朝期から見える地名好嶋西荘のうち貞和2年7月22日の沙弥某・左衛門尉某連署奉書のうちに「陸奥国岩城郡好嶋庄八幡宮別当伊賀三郎左衛門尉盛光代盛清申当社放生会流鏑馬已下社役等事」として他の7か村とともに「白土」とあるのが初見「村々地頭・預所中難渋族在之」とあり,流鏑馬以下の社役を勤めないことを奥州探題は相馬親胤と加治丹左衛門尉に命じて負担させようとしていることがわかる(飯野文書/県史7)応永8年閏正月15日の飯野八幡宮閏月祭礼役配分目録の「西庄分」のうちには「白土不進」と見え,閏月祭礼役を対捍している(同前)また白土村の閏月祭礼役の内容については年月日未詳飯野八幡宮閏月祭礼役配分目録に「白土大高尾おりひつ一さいおしき」と見えている(同前)文安3年7月5日の岩城清隆去状には「奥州菊田荘いひのゝ郷」とあり,清隆は上遠野出羽守に宛行っている(上遠野文書/県史7)戦国期になると永正年間頃と見られる呑空書状に「上白土」が見られるので,この時期には上・下白土に分村していたと考えられる(白土文書/県史7)浜通り南部,現在のいわき市大字平北白土・平南白土に比定される
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7268217
最終更新日:2009-03-01




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