ケータイ辞書JLogosロゴ 善久町(近世〜近代)


福島県>会津若松市

江戸期〜昭和40年の町名明治初年から明治22年までは若松を冠称江戸期は若松城下郭外北部のうち明治初年若松,同22年若松町,同32年若松市,昭和30年からは会津若松市の町名下町に属し,当麻中【たいまなか】町の北に並ぶ慶長年間頃には,佐瀬大和の名子【なご】が住んでいたため大和名子屋町と呼ばれたが,善叶【ぜんきよう】寺などとも称した真言宗法光院があったところから善叶町と称し,のち善久町と改めたという長2町42間・幅3間余法光院境内の地蔵堂は祈れば善く叶うため叶地蔵と称された(新編会津)化政期の家数31軒(同前)主に塗職人が居住した(文化4年風俗帳/県史24)明治8年の戸数20・人口102(若松県地誌資料)昭和40年現行の日新町となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7268405
最終更新日:2009-03-01




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