ケータイ辞書JLogosロゴ 象眼町(近世)


福島県>会津若松市

江戸期〜明治初年の町名江戸期は若松城下郭外南部のうち南町竪町の南方にある東西3条の通り町名は,古くは象眼師が多く居住したことに由来するという当町の通りの化政期の家数は,弓丁89軒・鉄炮町96軒・稲荷丁97軒(新編会津)各町・各丁名は,弓足軽・鉄炮足軽が多く居住したこと,稲荷社があったことに由来するという(同前)慶長年間の絵図には家風丁と記されており,通りは2条であった正保絵図には通り3条,足軽町と記されており,正保年間頃までには足軽の居住する町になった「新編会津」には鉄炮町と稲荷丁に「南町分の地雑れり」とある神社は蘆名家の宿老松本氏が勧請したと伝える松本稲荷社明治初年頃に南町分に編入したかと思われるが,詳細は不明
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7268414
最終更新日:2009-03-01




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