ケータイ辞書JLogosロゴ 蕎麦目村(近世)


福島県>新鶴村

江戸期〜明治8年の村名寛文年間以前は蕎目と書いた会津地方中部,会津盆地の西部,佐賀瀬川扇状地末端に位置する大沼郡のうち会津藩領中荒井組に属す村高は,文禄3年の蒲生高目録で380石余,寛文5年の中荒井組万改帳(会津風土記風俗帳1)で377石余,文化15年の村日記(県史10下)では412石余,「天保郷帳」398石余,「旧高旧領」403石余端村に北蕎目がある寛文5年の家数・人数は,23軒・129,北蕎目21軒・115化政期の家数17軒・北蕎目13軒・小名槻曽根2軒(新編会津)槻曽根は槻曽根新田,北蕎麦目は小蕎麦目ともいう(会津鑑)西部に2つの溜池があり,1つは宝暦年間,1つは享和3年に築かれた寺院は浄土宗迎接寺明治4年の戸数26・人口145(若松県人員録)明治8年和泉新田村・沢田村と合併して和田目村となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7268434
最終更新日:2009-03-01




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