ケータイ辞書JLogosロゴ 立岩郷(中世)


福島県>舘岩村

室町期から見える郷名会津郡のうち応永11年5月13日在銘の森戸虚空蔵堂鰐口銘(舘岩村森戸虚空蔵堂/県史7)に,「奥州南山立岩円福寺虚空蔵堂」と見えるのが初見応永30年11月の某軍忠状(皆川文書/県史7)によると,鎌倉公方足利持氏が桃井宣義・宇都宮持綱を攻めたとき,会津郡長江荘地頭長沼義秀がこれに参戦し,宇都宮氏の家人らが「南山内立岩」を経て京都へ落ちて行こうとしたのを討っており,室町期には当郷は長沼氏の勢力下にあったことがわかる明応3年9月在銘の鹿島神社棟札銘(会津雑考所収/会津若松史8)に,長沼盛秀の名が見える戦国期のものと思われる二階堂盛義証状(新編会津所収文書/県史7)によると,岩瀬郡須賀川の領主二階堂盛義が薬師寺による「立岩郷先達識(職カ)」を認めている会津地方南部,現在の舘岩村のうちに比定されるなお,文禄3年の蒲生高目録には小舘岩として62石余が見える
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7268660
最終更新日:2009-03-01




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