ケータイ辞書JLogosロゴ 寺入村(近世)


福島県>会津高田町

 江戸期〜明治22年の村名。大沼郡のうち。古くは尾岐郷に属した。はじめ会津領,寛永20年からは南山御蔵入領。東尾岐組に属す。村高は,文禄3年の蒲生高目録では428石余,寛政元年の「会津鑑」では462石,文化15年の村日記(県史10下)および「天保郷帳」「旧高旧領」では462石余。小名に道地窪(童智窪)・新屋敷,端村に袖山がある。化政期の家数は本村29軒,道地窪【どうちくぼ】21軒・新屋敷【あらやしき】5軒・袖山21軒(新編会津)。村内の檜木沢山からは元文年間に銀が産出され,採掘は寛延年間にも行われた。水利は寛文4年に築いた堤を利用。寺院は曹洞宗慈徳寺・法蔵寺・地蔵寺。地蔵寺は慶長年中に僧呑鉄が,法蔵寺は元和5年に僧堯伝が再興した。明治4年の戸数73,うち社1・寺3,人口374(若松県人員録)。若松県を経て明治9年福島県に所属。同20年の戸数69・人口418。明治12年大沼郡に属し,同22年旭村の大字となる。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7268856
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ