ケータイ辞書JLogosロゴ 鴇子村(近世)


福島県>平田村

 江戸期〜明治22年の村名。石川郡のうち。はじめ会津領,寛永4年白河藩領,天和元年幕府領,寛政3年からは常陸土浦藩領。村高は,文禄3年の蒲生高目録では塔ノ子とあり582石余,慶安検地帳では611石余,古領高長および「天保郷帳」ともに611石余,「旧高旧領」211石余。安永2年の家数45軒,うち寺1・百姓43・水呑2,人数216,馬34(村明細帳/阿部家文書)。神社は熊野権現・湯殿山権現・菅船明神・稲荷明神,寺院は真言宗塔登山守源寺,堂宇は愛宕堂・阿弥陀堂。岩城より守山へ至る大道が通り,問屋2軒が荷物を付送りしていた。安永2年の村明細帳によれば,東南に高く西に低い地形のため風当たりが強く,稲が青立ちして実らない年もあり,また山あいのため冷水がかかり青立ちの場所も多かった。もとは郷蔵があったが,年貢が金納になって無用となったためなくなったという。磐前【いわさき】県を経て明治9年福島県に所属。同20年の戸数43・人口249。明治12年石川郡に属し,同22年蓬田【よもぎだ】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7268898
最終更新日:2009-03-01




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