ケータイ辞書JLogosロゴ 堂畠村(近世)


福島県>喜多方市

江戸期〜明治8年の村名堂畑とも書いた会津地方北部,姥堂川下流西岸に位置する耶麻【やま】郡のうち会津藩領熊倉組に属す村高は,文禄3年の蒲生高目禄では439石余,文化15年の村日記(県史10下)では398石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに397石余端村に五町がある化政期の家数は本村13軒・五町2軒(新編会津)寺院は臨済宗法林山桂岩寺,同寺はもと曹洞宗であったが,慶長3年越後国の僧全鑑が来て再興し,寛文年間臨済宗の僧祖珊が来て臨済宗となった同寺の境内にある不動堂はもと南東の方にあった(同前)明治8年下高額村・太田村と合併して高堂太村となる
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7268904
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ