ケータイ辞書JLogosロゴ 中倉村(近世)


福島県>平田村

 江戸期〜明治22年の村名。石川郡のうち。はじめ会津領,寛永4年白河藩領,寛文2年白河藩の分家本多忠利家知行,天和元年からは幕府領。村高は,慶安検地帳では679石余,「天保郷帳」679石余,「旧高旧領」400石余。天保3年の村明細帳(関根専一家文書)によれば,人数186,「谷間耕地……冷水懸リ之場所」で,土質も「野土・砂地」という立地条件であったため,米の品質は悪く,年貢米として納入できなかったため,すべて金納であったという。また「大通り壱筋」が「岩城ヨリ白川江」通っていたが,村内に問屋はなかった。神社は諏訪大明神・菅船大明神。堂宇は阿弥陀堂・不動堂・地蔵堂・愛宕堂・太子堂・十王堂があった。磐前【いわさき】県を経て明治9年福島県に所属。同20年の戸数55・人口279。明治12年石川郡に属し,同22年小平【おだいら】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7269081
最終更新日:2009-03-01




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