ケータイ辞書JLogosロゴ 成田郷(中世)


福島県>鏡石町

 南北朝期から見える郷村名。白川荘のうち。建武3年3月3日の石川義光光念寄進状案に「陸奥国石川庄河辺八幡宮神領同国白川庄内成田郷伊具駿河入道後家跡事」と見え,建武2年3月結城親朝のため焼失した川辺八幡宮に,白川結城氏の侵攻により減少した神領の補欠として白川荘成田郷のうちを寄進している(川辺八幡神社文書/県史7)。正長2年と推定される10月27日の足利満直書下に「石河駿河守知行分之内成田村之事」と見え,正長元年10月に起きた宇多荘をめぐる相馬・白川両氏の争乱が終結後,篠川御所足利満直は結城氏朝に石河駿河守知行分成田村を宛行っている(熱海白川文書/県史7)。文安4年9月22日の乗々院御房御教書によれば「奥州石川郡内成田郷輩」と見え,熊野参詣先達職について,少納言律師御房に安堵している(八槻文書/県史7)。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7269362
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ