ケータイ辞書JLogosロゴ 半兵衛町(近世)


福島県>会津若松市

江戸期〜明治初年の町名江戸期は若松城下郭外西部のうち町名は蒲生家家臣岡半兵衛の装束屋敷があったことに由来するという当町の通りの化政期の家数は,烏橋【からすばし】通11軒・水主【かこ】丁一番丁22軒・水主丁二番丁9軒・横丁通20軒・新丁20軒・横丁30軒・袋丁27軒・中河原町5軒,新丁通は家数なし(新編会津)水主丁の丁名は,岡半兵衛の水主の者が居住したことに由来する水主丁以外はみな士屋敷「新編会津」には「新丁・横丁・中河原町として小黒川分の民居あり」とある寺院は浄土宗極楽寺同寺は慶長13年の創建で,岡半兵衛重政の墓がある明治初年に若松融通寺町・若松栄町に編入
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7269785
最終更新日:2009-03-01




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