ケータイ辞書JLogosロゴ 樋沖分(近世)


福島県>会津坂下町

江戸期〜明治8年の村名樋沖新村(会津坂下町史)・樋沖村ともいう会津地方中部,会津盆地西方の平坦部に位置する河沼郡のうち会津藩領牛沢組に属す天保4年大江村の岡崎四郎右衛門が新村開発を計画して,越後から百姓4家族を招き,大江村の端村沖のうちを開拓して北樋沖分(沖新村)とし,また樋渡【ひわたし】村のうちに付近から百姓を入れて開拓し,南樋沖分(樋渡新村)としたこの両地域を合わせて樋沖分として,自ら肝煎役についた幕末に一部(北樋沖分)は大江村の端村沖と合併して沖分となる村高は「旧高旧領」では樋沖村として221石余明治4年の戸数12・人口69同8年樋渡村・水島村と合併して樋島【といしま】村となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7269787
最終更新日:2009-03-01




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