ケータイ辞書JLogosロゴ 福永村(近世)


福島県>会津本郷町

江戸期〜明治8年の村名会津地方中部,会津盆地の南縁に位置する大沼郡のうち会津藩領橋爪組に属す古くは火玉村と称し,日玉・檜玉とも書いた寛永4年会津の領主加藤嘉明が火の字を忌み,村名を福永村と改めたという(新編会津)村高は,文禄3年の蒲生高目録には日玉とあり841石余,「会津鑑」によれば寛政元年510石余,「天保郷帳」586石余,「旧高旧領」582石余古くは当村の端村で,古戸須美沢と称した地を正保3年関山村として分村した(新編会津)という端村に大工屋敷【たこやしき】がある化政期の家数は本村38軒・大工屋敷4軒(新編会津)元和年間に八重松村と水争いを起こしている(同前)神社は藤巻神社寺院は曹洞宗積翠寺明治4年の戸数43・人口243(若松県人員録)明治8年相川村と合併して永会【えいかい】村となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7269962
最終更新日:2009-03-01




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