ケータイ辞書JLogosロゴ 宮守村(近世)


福島県>岩代町

江戸期〜明治9年の村名阿武隈【あぶくま】山地西斜面の丘陵地帯,小浜川流域に位置する安達【あだち】郡のうちはじめ会津領,寛永20年からは二本松藩領小浜組に属す村高は,宝暦10年の高辻帳で447石余,「天保郷帳」1,026石余,「旧高旧領」514石余検地は元禄12年当村は,磐城街道沿いの鳥居町・藤町・友町などの宿駅町と上宮守・下宮守の集落からなる文政11年の大積覚書帳によれば,畑作物の割合は桑が5割,大豆・小豆・油荏が3割,ダイコン・ソバなどが2割また,1・5日の六斎市が開かれ,他領までも商圏として寛政年間までは御用金も領内一の金高を負担するほどであったが,百目木・針道に市が開催されるようになって衰微しはじめ商店は10軒と減じた寺院は浄土真宗法楽寺・浄土宗西念寺・曹洞宗東禅寺・真言宗蓮勝寺宝暦10年,大火によりほぼ全町焼失文政3年・同7年にも大火のため大きな被害を出しているまた天保14年小浜鳥居町麹屋幸吉は名主菅野与一郎の不法を訴え,名主は村替え,幸吉は所払となっている(田間日誌/二本松藩史)嘉永3年寺子屋が開かれた(県教育史5)明治9年小浜村と改称
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7270498
最終更新日:2009-03-01




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