ケータイ辞書JLogosロゴ 譲屋村(近世)


福島県>喜多方市

江戸期〜明治8年の村名会津地方北部,濁川西岸の山麓に位置する耶麻【やま】郡のうち古くは加納荘に属したという会津藩領五目組に属す村高は,文禄3年の蒲生高目録ではゆつり屋とあり1,508石余,文化15年の村日記(県史10下)では631石余,「天保郷帳」630石余,「旧高旧領」636石余端村に山本がある化政期の家数は本村25軒・山本19軒(新編会津)村の北方にある五分一村は寛永期までは村名が見えず,五分一村にある大用寺の山号が譲屋山と称することから,もと当村に含まれていたものと思われる(新編会津)神社は諏訪神社,山本にある羽黒神社は昔は村西の高森山の頂上にあったが,寛永5年山崩れのため移ったという(同前)寺院は山本にある浄土宗玉王山長福寺譲屋堰は中河原村の北で濁川から引いたもので,南流して岩尾・半在家・五分一【ごぶいち】の各村を通り,当村の田地を潤し,数派に分かれさらに南流して細屋村の方へ注ぐ(同前)明治8年五分一村・細屋村と合併して三谷【みたに】村となる
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7270859
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ