ケータイ辞書JLogosロゴ 鎧召村(近世)


福島県>塩川町

江戸期〜明治8年の村名会津地方中部,田付川下流東岸に位置する耶麻【やま】郡のうち慶徳組に属す村名は室町期新宮荘地頭新宮次郎盛俊が出陣の度ごとに当地で鎧を着たことにより,のち鎧目と称したが寛文年間に古名鎧召に復したという(新編会津)村高は,文化15年の村日記(県史10下)および「天保郷帳」では618石余,「旧高旧領」619石余東部・西部の2地域に分かれ,化政期の家数は東部12軒・西部19軒,中間部に2軒の合計33軒(新編会津)神社は熊野宮寺院は曹洞宗宮現山岩松寺で,文禄2年曹洞宗の僧俊的が創建して正福寺と名づけ,その後荒廃していたのを寛永19年若松天寧寺町宗英寺の僧松鶴が再興して岩松寺と改めたという(新編会津)明治8年能力村・万力村・新尾田村と合併して四奈川村となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7271000
最終更新日:2009-03-01




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