ケータイ辞書JLogosロゴ 領家村(近世)


福島県>会津高田町

江戸期〜明治8年の村名会津地方中部,藤川川(小川)流域に位置する大沼郡のうち会津藩領橋爪組に属す村高は,文禄3年の蒲生高目録では581石余,文化15年の村日記(県史10下)では706石余,「天保郷帳」937石余,「旧高旧領」331石余村名は,中世に荘園の領家があったことによるというが,不詳小名に成田,端村に中村・沖舘(沖ノ舘)・小川がある化政期の家数は本村21軒・成田5軒・中村3軒・沖舘15軒・小川17軒(新編会津)小名成田は寛政2年肝煎成田元次が廃田を起こして開いたという当村は下野への裏街道に沿っていた水利は村の周囲の3つの溜池を利用端村小川には小川流域に千枚石という青黒色の石があり,庭石に用いられた万延元年端村沖舘を沖ノ舘分として分村神社は聖神社・富士神社寺院は曹洞宗常楽寺明治初年端村小川を小川分として分村同4年の戸数23・人口132(若松県人員録)同8年藤田村・沖ノ舘分と合併して藤家舘村となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7271006
最終更新日:2009-03-01




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