ケータイ辞書JLogosロゴ 鮎河郷(中世)


茨城県>大子町

 南北朝期〜戦国期に見える郷名。陸奥【むつ】国依上【よりがみ】保のうち。永和3年11月25日の結城朝治譲状に「一,より上の内,あゆ河の郷内〈上あゆ河・中あゆ河〉」と見え,結城彦夜叉に譲渡された(結城神社文書/福島県史)。応永6年8月28日には結城参河七郎が足利満貞から「同(陸奥)国依上保内鮎河上中両郷」を料所として預け置かれている(宇都宮典綱文書/家蔵文書)。応永12年3月22日には「鮎河之八郎四郎内一間」が八槻都々古別神社に寄進されており,永正8年8月3日の依上保目録には「一,あゆかは 二百くわん」と見える(八槻文書/福島県史)。文禄年間の太閤検地を機に常陸国久慈郡に属す。文禄4年8月18日吉成源一郎が佐竹義宣から50石を充行われた中に「愛川内筑前抱六石五斗」が含まれていた(水府志料所収文書/県史料中世)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7271057
最終更新日:2009-03-01




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