ケータイ辞書JLogosロゴ 赤沼町(近世〜近代)


茨城県>水戸市

江戸期〜昭和55年の町名江戸期は水戸城下下町の1町明治22年からは水戸市下市のうちで,昭和8年からは水戸市の町名水戸城の東に位置する武家町町名は赤い沼があったことによるという(水戸の町名)「新編常陸」によれば,通8町目木戸から新河岸へ通ずる所の石垣川に沿う片側町で,元禄3年に赤沼町と名付けられ,古記(水城金鑑)云として東側3間・西側30間,戸数9とある宝永6年の記録では屋敷持1・店借5,職業は酒屋3など(東市街人姓名録一坤)当町に水戸彫の名人横谷元教・赤城軒大山元孚らがいた当町の住人江幡是定は赤沼河岸を設け,江幡四郎兵衛は為我【いが】流柔術を創始天明6年の水害で当町荒神橋際の2階作りの軒下5寸まで水が達した(水戸市史)家数は,宝永6年1,天保年間9(水戸の町名)昭和25年の世帯72・人口332(同前)昭和45年一部が城東2〜4丁目,同55年残部が東台2丁目となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7271135
最終更新日:2009-03-01




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