ケータイ辞書JLogosロゴ 秋葉村(近世)


茨城県>茨城町

 江戸期〜明治22年の村名。常陸国茨城郡のうち。はじめ佐竹氏領,元禄年間・幕末期ともに水戸藩領。村高は,寛永12年「水戸領郷高帳」183石余,「元禄郷帳」238石余,「天保郷帳」270石余,「旧高簿」334石余。「水府志料」によれば,紅葉組に属し,戸数21,村の規模は足黒村と合わせて東西21〜22町・南北24〜25町。水戸藩主徳川頼房が当地を通った際,駅所がなかったため,足黒村と当村がともに小村であったことから2か村合わせて人馬を弁ずるようにした。そのため両村の土地は交錯して2か村で1村のようであると記されている。幕末期には水戸藩の秋葉郷校が開かれた。正保年間以前は足黒村と1村で秋葉足黒村と称したともいわれ,天保年間足黒村を合併(新編常陸)。神社は鹿島明神(同前)。明治4年茨城県,同11年東茨城郡に所属。明治22年上野合村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7271151
最終更新日:2009-03-01




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