ケータイ辞書JLogosロゴ 阿久津(中世)


茨城県>常陸太田市

 鎌倉期から見える地名。常陸国佐都西郡のうち。弘安田文に「阿久津八丁五段」と見える(税所文書/県史料中世)。明応3年頃と推定される年月日未詳の当乱相違地注文写に,「一,山県越後守知行あくつ〈下野三郎〉」,料所として「一,戸村阿久津〈同〉(江戸かゝへ候)」「一,あくつ〈八木方,同八木方之事は,竹隠に申子細候〉」,近習知行分として「一,阿久津 山県方〈同〉(小野崎下野三郎かゝへ候)」,また,「同名(小野崎)下野三郎相かゝへ之所」として「一,あくつ寺かた」「知行分之ちうもん」として「一,あくつ寺かた 十五貫」などと見える(岡本元朝文書/家蔵文書)。当地は本来佐竹氏の御料所,近習知行分などであったが,佐竹の乱の過程で江戸・小野崎諸氏の押領が行われている。天正3年6月22日の河東田河内守充東義久判物写に「上遠野藤兵衛 安国清八郎かゝい之地半年なし,かゝいあく津ニ手」「藤三身躰〈一途之方之名跡取成,其上あく津に手作三石まき〉」などと見える(加藤田熊之助文書/家蔵文書)。文禄3年の太閤検地を機に久慈郡に属す。文禄5年2月7日の佐竹義宣知行充行状写に「一,拾石也〈くし郡〉東圷内」と見え(水府志料所収文書/県史料中世),石川平次郎に充行われており,同年2月13日の小川辰之助充佐竹義宣知行充行状にも「千八百石也〈久慈郡東阿久津〉」と見える(小川新三郎文書/家蔵文書)。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7271159
最終更新日:2009-03-01




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