ケータイ辞書JLogosロゴ 足黒村(近世)


茨城県>茨城町

江戸期の村名常陸国茨城郡のうち寛政川中流域に位置するはじめ佐竹氏領,元禄年間・幕末期はともに水戸藩領村高は,寛永12年「水戸領郷高帳」234石余,「元禄郷帳」266石余,「天保郷帳」312石余「水府志料」によれば,紅葉組に属し,戸数22,村の規模は秋葉村と合わせて東西21〜22町・南北24〜25町水戸藩主徳川頼房が当地を通った際,駅所がなかったため,秋葉村と当村がともに小村であったことから2か村合わせて人馬を弁ずるようにしたそのため両村の土地が交錯して2か村で1村のようであると記されている神社は正八幡を潰して改めた吉田明神(新編常陸)正保年間以前は秋葉村と1村で秋葉足黒村と称したといわれ,天保年間秋葉村の一部となる(同前)なお,年月日未詳の鹿島神宮所領日記に「あしくろ岡」が見える(鹿島神宮文書/県史料中世)
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7271189
最終更新日:2009-03-01




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