ケータイ辞書JLogosロゴ 芦野倉村(近世)


茨城県>大子町

 江戸期〜明治22年の村名。常陸国久慈郡のうち。蘆倉村とも書き,明治初年頃一時下芦野倉村と称した。はじめ佐竹氏領,のち慶長14年からは水戸藩領。村高は,寛永12年「水戸領郷高帳」では蘆倉村として444石余(ほか新田1石余),「元禄郷帳」653石余,「天保郷帳」677石余,「旧高簿」702石余。「水府志料」によれば,大子【だいご】組に属し,戸数62,村の規模は東西33町余・南北12町。市中坪に永享年間頃木沢源五郎という者が居住したという館跡と,源五郎創立の慶福寺と称する阿弥陀堂があったが,同寺は徳川光圀の寺社整理で破却されたという。寺社は真言宗南辺寺・吉田明神(新編常陸)。明治4年茨城県,同11年久慈郡に所属。明治22年依上村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7271193
最終更新日:2009-03-01




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