ケータイ辞書JLogosロゴ 木葉下村(近世)


茨城県>水戸市

 江戸期〜明治22年の村名。常陸国茨城郡のうち。はじめ佐竹氏領,のち慶長14年からは水戸藩領。村高は,寛永18年の検地では300石余(水戸市史),「元禄郷帳」294石余,「天保郷帳」346石余,「旧高簿」313石余。「水府志料」によれば,増井組に属し,戸数23,村の規模は東西32町余・南北18町余,砥つら沢という山から砥石を産したが近年は使用できないといい,享保5年当村と谷津・三ケ野の3か村の南に猪鹿防土居を築き,土居の上に芝垣を設けたが土居だけが残るとある。また,元禄年間には徳川光圀が銀を掘らせたという。天保年間に三ケ野村を合併(新編常陸)。助郷は長岡宿に出役。戸数・人口,馬は,元禄9年48・253,49,安永3年33・136,20,天保5年24・92,14。文化6年の当村の御立山は3町3反余で,地内に紫石を産して硯を造ったという(水戸市史)。神社は香取明神(新編常陸)。明治4年茨城県,同11年東茨城郡に所属。明治22年山根村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7271228
最終更新日:2009-03-01




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