ケータイ辞書JLogosロゴ 飯田村(近世)


茨城県>那珂町

 江戸期〜明治22年の村名。常陸国那珂郡のうち。はじめ佐竹氏領,のち慶長14年からは水戸藩領。村高は,寛永12年「水戸領郷高帳」1,206石余,「元禄郷帳」944石余でほかに当村枝郷飯田新田村として334石余,「天保郷帳」では古くは飯田村・飯田新田村の2か村とあり1,487石余,「旧高簿」1,245石余。「水府志料」によれば,常葉組に属し,戸数150,村の規模は東西25町余・南北29町余。地内の分洞池は,俗に飯田の七つ溜とよばれる灌漑池で,当地の水田の大半はこの池水を利用した。寺院は真言宗一乗院・臨済宗静安寺,神社は熊野権現。明治4年茨城県,同11年那珂郡に所属。明治22年芳野村の大字となる。
解説文を自分にメール
メアド:Milana@docomo.ne.jp

(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7271351
最終更新日:2009-03-01




ケータイ辞書 JLogosトップ