ケータイ辞書JLogosロゴ 飯塚村(近世)


茨城県>真壁町

 江戸期〜明治22年の村名。真壁郡のうち。慶長11年真壁藩領,元和8年からは笠間藩領。村高は,「元禄郷帳」877石余,「天保郷帳」「旧高簿」ともに884石余。桜川流域に水田が多く,米のほかには大豆・木綿・繭(桑)・茶などが栽培されていた。寺社は真言宗東光院・自在院・愛宕権現(新編常陸)。明治4年茨城県,同11年真壁郡に所属。明治9年小貝川東岸の米作地帯である吉間村から起こった地租改正反対一揆は,真壁郡一帯に拡大していくが,当村の農民は塙世村・田村の農民とともに,いちはやく立ちあがり,一揆の指導的役割を果たした。そのため,郡内でも最も多くの逮捕者(165名中23名)を出している。明治22年真壁町の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7271360
最終更新日:2009-03-01




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