ケータイ辞書JLogosロゴ 石原田郷(中世)


茨城県>下館市

 鎌倉期〜南北朝期に見える郷名。常陸国伊佐郡のうち。永仁2年11月11日の伊賀頼泰の光貞への譲状案に頼泰の所領として「常陸伊佐郡之内,石原田郷」と見え,裏書によると同状は元亨2年10月29日,鎌倉幕府によって安堵されている。また嘉暦2年7月16日の伊賀光貞の盛光への譲状にも「ひたちの国いしわらたのかうのちとうしき」と見え,当郷の地頭職が頼泰―光貞―盛光と相伝されている。さらに建武3年正月10日の伊賀盛光充と推定される左衛門尉某奉書には「式部伊賀左衛門三郎盛光馳参御方上者,対于彼所領常陸国石原田郷,於致狼藉之輩者,可被処罪科」と見え,当郷への狼藉に対し上級権力(足利氏か)が伊賀盛光にその処置を命じている。また翌年6月,盛光は足利氏に申状を提出しており,そのうちに「常陸国伊佐郡内石原田郷地頭職」とある。それに対し同年10月28日には足利方の某が盛光申請の所領について,小山出羽小四郎判官等に命じて伊賀氏による当郷領領有の実否を調べさせている(飯野文書/福島県史)。文禄3年の太閤検地を機に真壁郡に属す。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7271495
最終更新日:2009-03-01




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