ケータイ辞書JLogosロゴ 市野辺村(近世)


茨城県>下館市

 江戸期〜明治22年の村名。常陸国真壁郡のうち。寛永年間・寛文年間・元禄年間・幕末期ともに下館藩領。「寛文朱印留」では市野部村。村高は,「元禄郷帳」「天保郷帳」「旧高簿」ともに316石余。寛永年間の「水谷領村々高改名主名前御取調帳」によれば高316石余,名主は大和田三七(下館市史)。寛永16年一部が下館城下の町並地として編入され,柳町【やなぎまち】となる。天保8年の「常陸御国絵図御改之記」によれば高216石余,名主は源兵衛,組頭は新助・勝右衛門,鎮守は稲荷明神,家数55,馬4(同前)。社寺は厳島明神・天台宗常光院。明治6年市野辺小学校創立。明治4年茨城県,同11年真壁郡に所属。明治22年竹島村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7271597
最終更新日:2009-03-01




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