ケータイ辞書JLogosロゴ 稲尾村(近世)


茨城県>境町

 江戸期〜明治22年の村名。下総国猿島【さしま】郡のうち。関宿藩領。村高は,「元禄郷帳」126石余,「天保郷帳」170石余,「旧高簿」172石余,「旧高旧領」170石余。文化3年の家数36(猿島上郷窮民永救録趣法書)。鹿狩は享保年間に2度の勢子を出し,寛政7年14人,嘉永2年11人を出している。助郷は,享保13年と天保14年の将軍日光社参に谷貝宿に人馬を出した。嘉永6年ペリーの来航の際には農兵を調練に出し費用を負担した。慶応4年会津戦争に伴う新政府軍送迎のために谷貝宿に人馬を出した(北下総地方史)。利根川満水のたびに関宿町の関所番に出勤し,当村は4人の割当て(境小松原家文書)。熊野神社がある。明治8年茨城県,同11年猿島郡に所属。明治22年静村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7271615
最終更新日:2009-03-01




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