ケータイ辞書JLogosロゴ 稲田(近代)


茨城県>笠間市

 明治22年〜現在の大字名。はじめ西山内村,昭和29年稲田町,同33年笠間町,同年8月からは笠間市の大字。明治24年の戸数169・人口1,188,厩112。当地の御影石は結晶が大きく(大目),良質で白色,磨くと美しい色沢が出るのが特徴で,明治中期地元の有志により商品化された。明治22年水戸鉄道水戸線開通後,東京の鍋島彦七郎が当地の御影石に着目し,笠間の笹目宗兵衛・武藤藤兵衛らと協力して小豆島から石工を呼び採掘を開始。同30年代の稲田駅開設により,石材搬出の条件が拡張した。大正12年の関東大震災後,不燃の建材として復興ブームにのり,また市電の敷石として需要が急増し,県外の石材業者が進出して本格的石材業成立。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7271629
最終更新日:2009-03-01




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