ケータイ辞書JLogosロゴ 受津村(古代)


茨城県>下妻市

奈良期に見える村名常陸国新治【にいはり】郡川曲郷のうち「続日本紀」神護景雲2年8月条に「自下総国結城郡小塩郷小嶋村,達于常陸国新治郡川曲郷受津村一千余丈,其両国郡堺,亦以旧川為定」と見え,毛野川(鬼怒【きぬ】川)の洪水による口分田の荒廃を防ぐため,小嶋村から当村に至る千余丈の河川改修工事が行われたこの鬼怒川改修工事は新河道を掘削することにより,洪水の被害を防ごうとしたものであった現在,結城市山王・水海道【みつかいどう】・浜野辺・粕礼から八千代町瀬戸井にかけて,帯状に蛇行する鬼怒川の旧河道が残り,これを神護景雲2年の段階で,下妻市平方から桐ケ瀬に至る,ほぼ現在の河道にあたる部分を開掘したと考えられる鬼怒川の河流を真正面から受ける津(舟着場)を受津とよんだと考えられる下妻市赤須・前河原の地には,古墳や古代住居跡が散在していたが,明治から昭和にかけての開墾・開発により消滅した下妻市赤須が遺称地と思われ,現在の同市赤須・前河原・桐ケ瀬のあたりに比定される
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7271772
最終更新日:2009-03-01




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