ケータイ辞書JLogosロゴ 枝川(中世)


茨城県>ひたちなか市

 鎌倉期から見える地名。常陸国吉田郡のうち。弘安田文に「枝河九丁六段」と見える(税所文書/県史料中世)。正慶元年正月5日の空如覚書写,康永3年仲冬朔日の親鸞聖人弟子交名などに「唯仏御房跡鏡願兄弟 常州吉田枝川」と見え,当地は浄光寺を中心とした真宗教団の教線拡張の一拠点を形成していた(帰願寺文書/栃木県史)。年月日未詳の常陸大掾伝記断簡写によれば,常陸大掾氏の系譜をひく馬場氏の勢力下にあった(吉田神社文書/県史料中世)。享禄4年11月28日に六地蔵寺の僧心車の記した「那珂湊補陀洛渡海記」(お茶の水図書館蔵)に「枝川」と見える。文禄3年の太閤検地を機に那珂郡に属す。文禄5年蔵納帳(秋田県立秋田図書館蔵)によれば,当地は佐竹義宣の蔵入地の1つとして614石9斗9升を算出し,家臣大山采女に預け置かれた。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7271885
最終更新日:2009-03-01




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