ケータイ辞書JLogosロゴ 大串郷(中世)


茨城県>下妻市

 室町期に見える郷名。常陸国下妻荘のうち。応永年間と推定される大宝沼用水図に「大串郷」が見える(吉田薬王院文書/新編常陸)。永享7年8月9日の常陸国冨有仁注文写に下妻荘のうちとして「一,大串郷 記藤四郎〈成田・安保〉両人知行」とある(続常陸遺文)。天文18年3月19日の多門坊改源旦那売券に「下楯一円,先達者羽黒山別当,下妻一円 先達者大串不動坊,関郡一円 先達者平方栄城坊」と見え,戦国期に下妻荘の先達は当地の不動坊であった(潮崎稜威主文書/結城市史)。下妻地方を押領していた飯沼氏が多賀谷氏に攻略され,一時当地に隠れていたが,のち多賀谷氏の麾下に属し,大串氏を称したといい(常総誌略),多賀谷氏改易後土着。文禄の太閤検地を機に河内郡(西河内郡)に属す。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7271975
最終更新日:2009-03-01




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