ケータイ辞書JLogosロゴ 大串村(近世)


茨城県>下妻市

 江戸期〜明治22年の村名。はじめ常陸国河内郡,元禄15年からは真壁郡のうち。元禄年間は旗本小林氏知行,幕末期は旗本小林氏と大河内氏の相給。村高は,「元禄郷帳」567石余,「天保郷帳」575石余,「旧高簿」570石余。真言宗五宝寺は朱印地30石を領し,寺地を長嶺(峰)と称したため長嶺寺ともいった。ほかに天台宗等覚院・法華宗妙円寺・富士権現がある(新編常陸)。五宝寺には護持院隆光と同道して将軍徳川綱吉に拝謁できた住職がいた(護持院日記)。名主は小林氏知行地は新右衛門家,大河内氏知行地は武右衛門家。明治8年茨城県,同11年真壁郡に所属。明治22年大宝村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7271976
最終更新日:2009-03-01




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