ケータイ辞書JLogosロゴ 大串村(中世)


茨城県>水戸市

 南北朝期に見える村名。常陸国吉田郡恒冨郷のうち。暦応3年11月晦日の恒冨村々公田注文写に,「大串 公田八町」と見える(吉田薬王院文書/県史料中世)。貞治4年3月23日,修理亮氏兼は「恒冨郷森戸村内田□(壱)段」を「大串安楽寺」に寄進している(六地蔵寺文書/県史料中世)。文禄3年の太閤検地を機に茨城郡に属す。豊臣期は佐竹氏の直轄領となり,文禄5年蔵納帳(秋田県立秋田図書館蔵)に「〈高三百八拾三石四斗九升 此内百三拾八石九斗四升荒〉定納四拾壱貫文〈此内拾壱貫七百文カゝリ〉〈小野崎玄蕃〉大串」と見え,代官小野崎玄蕃に支配された。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7271979
最終更新日:2009-03-01




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